横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決
原告
入江勝通 (ほか四〇三名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
新美隆
同
藤沢抱一
原告入江勝道訴訟代理人弁護士
小川佳子
被告(横浜市長)
高秀秀信
同(横浜市道路局長)
立神孝
同(横浜市横浜環状道路等担当部長)
渡邊友孝
右原告ら訴訟代理人弁護士
村瀬統一
同
栗田誠之
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 原告らは、被告らは違法な本件委託契約を締結し、これに基づきその履行としてその代金(委託料)一五六一万四八〇〇円を支出した結果、横浜市に対して同額の損害を与えたので、これを賠償すべき義務があると主張している。
ところで、本件は、地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟であるから、その対象となるのは、違法な公金の支出等同法二四二条一項に列記された財務会計上の行為でなければならない。
そこで、本件における財務会計行為は何かをまず検討する。
この点に関して原告らは、本件委託契約及びそれによる公金支出が違法であると主張しているところ、同法二三二条の四第一項によれば、出納長又は収入役は普通地方公共団体の長の命令がなければ、支出をすることができないとされているから、原告らが本件における違法な財務会計行為として主張するのは本件委託契約の締結、その履行としての委託料についての支出命令及びそれに基づく本件支出行為であると解される。
しかしながら、本件委託契約の締結、その履行としての公金の支出命令及び支出行為は、本来それぞれ別個の財務会計行為として行われるから、それらが違法かどうかを判断する住民訴訟においては、それぞれについて別個にその固有の適法要件が検討されなければならない。
二 ところで、地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟について、適法な監査請求がされていることを要するとしているから、これを欠く住民訴訟は不適法となる。そして、同法二四二条二項は、住民監査請求をなし得る期間について制限を設けているから、本件において原告らが主張している財務会計行為については、それぞれ別個に監査請求を適法に経ているかどうかが検討されなければならない。
1 原告らが横浜市監査委員に対し、住民監査請求をしたが、横浜市監査委員が、「本件監査請求は、当該契約締結日である平成二年一〇月三日から一年以内である平成三年一〇月三日までにしなければならないのに、これをせず、監査請求が遅れたことに正当事由もない」として却下したことは、前記のとおり当事者間において争いがない(なお、本件証拠によれば、原告入江国子が横浜市監査委員に対して本件に関する監査請求をしたことは認められるが、他の原告らがこれをしたかどうかについては判然としない。また、被告らも、原告ら全員が本件に関する監査請求をしたことについて、認めているわけでもないが、この点はさておき、本件監査請求について検討する。)。
2 原告らは、監査請求は「当該行為のあった日又は終わった日から一年以内」にすればよいのであり、本件委託契約と本件支出行為は、一連の財務会計上の行為であるところ、本件の公金支出がされたのは、平成三年二月一二日であるから、本件監査請求は一年以内にされているというべきであり、本件監査請求を却下したのは、違法であるから、本件提訴は適法であると主張する。
3 ところで、監査請求が客観的には適法なものであったのに、監査委員が誤って不適法として却下した場合には、これに引き続いて提起された住民訴訟は、監査請求の前置の要件を充たしているものと解される。
4 そこで、まず本件監査請求の内容を検討する。
前記当事者間に争いのない事実及び甲一三号証(横浜市職員措置請求書)によれば、原告らは、横浜市監査委員に対し、平成四年一月二一日、「横浜市長、道路局長、横浜環状道路等担当部長等、地方自治法一八〇条の七が規定する本請求事項に関係する職員に対する措置要求の要旨」として「横浜市は、横浜商工会議所に対し、平成二年一〇月三日、随意契約で『横浜環状道路整備効果検討』を一五六一万四八〇〇円で委託し、支出した。しかし、右契約は、<1>調査目的が、横浜環状道路が横浜市域全体に及ぼす直接・間接の効果を可能な限り定量的に把握することとされるが、このような調査は、専門の研究・調査機関に委託するのが通常であり、横浜商工会議所は、混雑緩和効果、交通事故減少効果等の調査能力をもつとは思えず、かつ、商工会議所法で営利を目的としてはならないとされていることから、委託業者選定委員会で選定する業者とはなり得ず、契約対象者として不適切であって、現に横浜商工会議所は、事実調査項目の大半を他の機関に再委託しており、これは横浜市の委託契約約款五条及び委託業務一般仕様書四項に違反する、<2>横浜市内の商工業者へのアンケート調査は、平成元年の開発効果調査を利用すればよく、二度も調査する必要はないから、右委託契約は、地方自治法二条一三項に違反する公金支出である、<3>右委託契約がされた時期は、地元説明会、都市計画原案の縦覧等の準備・実行がされた時期と重なり、横浜商工会議所等は右縦覧前の平成二年一二月一三日、横浜環状道路早期建設促進大会を開き、文案まで示して、賛成意見書の提出をその傘下の経済団体に要請する準備・実行を行っており、このような利害関係を有する団体は、右委託契約の受託業者としての公平性、客観性は認められないから、それを知りながら右委託契約を締結した横浜市道路局の行為は地方自治法一〇条二項に違反する。なお、こうした事実を知り得たのは平成三年一一月二二日以後のことであり、仮に一年以上経過していたとしても、地方自治法二四二条に規定されている『正当な理由』に該当し、横浜環状道路建設がもたらす外部不経済を含めた経済社会影響調査のやり直しなどの是正措置及び損害賠償の請求等の措置を求める」というものである。
5 このような本件監査請求の内容に照らすと、原告らは、本件監査請求において、本件委託契約の締結に関する違法事由だけを主張していることからすれば、原告らが本件において監査請求したのは、本件委託契約の締結についてだけであると解される。したがって、本件委託契約の履行としての支出命令及びこれに基づく本件支出行為については、住民監査を経ていないことになる。なお、原告らは、本件委託契約の締結に関する監査請求については、一連の財務会計上の行為として、本件支出行為がされた平成四年二月一二日から起算すべきであるとするが、地方自治法二四二条二項所定の「当該行為のあった日」とは一時的行為のあった日を意味し、「当該行為の終わった日」とは継続的行為について、その行為が終わった日を意味すると解されるから、契約締結の違法を理由とする監査請求は「当該行為のあった日」である契約締結日の翌日から起算すべきことになる。
そうすると、本件委託契約が締結されたのは、平成二年一〇月三日であり本件監査請求がされたのは、それから一年を経過した後である平成四年一月二一日であるから、本件監査請求は、これについての監査請求期間を徒過してされたものということになる。
この点に関する原告らの主張は理由がない。
6 次に、原告らが、本件監査請求を平成四年一月二一日にしたことに地方自治法二四二条二項の「正当な理由がある」かどうかを検討する。
ところで、正当事由があるとされるためには、<1>当該財務会計行為が秘密裡に行われたかどうか、<2>特段の事情のない限り、住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、<3>また、当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかなどの点について検討しなければならない。
前記当事者間に争いのない事実に、〔証拠略〕によれば、本件委託契約の内容等を原告らが知るようになった経緯について、次のとおり認められる。
(一) 本件委託契約については、平成二年九月一三日に横浜市道路局において、横浜環状道路が整備されたときの経済効果のうち、特に業務目的に着目した効果に関する調査を横浜商工会議所に随意契約で委託することについての起案がされ、これが同年九月二〇日に決裁され、同年一〇月三日に本件委託契約が締結されたうえ、同年一二月二八日に横浜商工会議所から高速横浜環状道路整備効果調査報告書が同局に提出された。なお、本件委託契約は、横浜市の刊行する予算書等には掲載されていない。
(二) 原告入江勝通らは、高速横浜環状道路の建設に反対していたが、横浜市道路局に対し、平成二年八月九日付けで、横浜環状道路の計画の概要を知るためには何を読めばよいのか、またその決定のために、現況調査、高速道路を作った場合の経済効果又は排気ガス及び騒音等の予測報告書が作成されたか、作成された場合にはその名称、またそれが公開されているかどうかなどについて、教えてくれるよう要請した「横浜環状道路問題等についての再要請書」と題する文書(甲一六号証)を提出したところ、横浜市道路局長(被告立神)は、同年一〇月三一日付け回答書において、本件委託契約にかかる調査について触れることなく、「今後計画の具体化にあわせて調査を行っていく予定である」と回答した(甲一七号証)。
(三) 平成二年一二月一三日、同月一五日の新聞には、横浜商工会議所のほか、横浜市の経済団体三六団体で組織する「横浜市幹線道路網建設促進協議会」が横浜環状道路の建設を促進するために活動していること、右協議会の会長は横浜商工会議所の会頭である上野豊が就任していることがそれぞれ報道された。
(四) 原告横田恭子らは、横浜市議会に対し、平成三年九月九日付けで、横浜環状道路北側区間建設に伴う経済・社会影響調査の実施についての陳情書を提出した。これに対し横浜市当局は、同月一三日、市議会に対し、横浜環状道路の整備効果の調査については、市域の一体化など定量的な把握に適さない項目もあり、定性的な取りまとめを行い、パンフレット等で公表している、また横浜環状道路が地域に与える経済的効果等については、今後関係機関を含め検討していきたいと考えている、昭和六二年度及び昭和六三年度に実施した「開発効果調査(アンケート調査)」については、横浜環状道路全体の必要性や効果等を広く一般市民に理解してもらうため、市内の商工業者への意識調査やポスターの作成等を実施したものであり、既に公表しているが、北側区間についても検討していきたいなどと説明したが(甲一五号証)、本件委託契約が既に締結されていることについては説明しなかった。
(五) 原告比留間淳一らは、平成三年九月二六日、横浜市を訪れ、横浜環状道路に関する各種調査報告書等の公文書公開について、これを担当している横浜市道路局総務課庶務係の阿部人と話し合ったところ、本件委託契約が存在することを知り、その内容を知るため原告比留間淳一において、同日、横浜市に対し、高速横浜環状道路整備効果検討調査報告書及びこれに関する執行伺、委託契約書等について公文書公開条例による文書の公開請求をした。そして、横浜市は、同原告に対し、同年一〇月九日、右公文書公開決定期間延長通知をしたうえ、同年一一月一一日に右公文書について一部公開決定し、同月一九日付けで一部公開決定通知書を送付し、同月二二日に同原告は右公文書(写し)を受領した。
(六) ところで、横浜市は、平成三年一一月一八日に、本件委託契約による前記報告書に関し、民間研究機関に調査を委託した結果、横浜環状道路による直接、間接の経済波及効果は約一〇三〇億円に上るなどと整備効果調査の効果を公表し、これが同月一九日の新聞に報道された。
(七) その後、平成三年一二月五日、原告入江勝通が代表をしている高速横浜環状道路に反対する住民の団体は、横浜市が横浜商工会議所との間において本件委託契約を締結したのは、不当で、公正で客観的な結果が出てくるはずがないとして、調査のやり直しを求める陳情書を横浜市議会議長宛に提出した。
右認定に係る事実によれば、原告らにおいて、本件委託契約の存在について、平成三年九月二六日まではこれを知ることができなかったものであり、同日の横浜市の担当職員による説明により初めて横浜市か横浜環状道路整備効果検討の調査を委託し、その報告書が存在することを知り得たものと認められる。
そして、原告らにおいて、本件委託契約の存在のみならず、その具体的内容、受託者及び費用等について知らなければ、その契約の締結等が違法なものであるかどうかについて判断できないと解されるから、本件では、前記認定のように原告比留間淳一において、平成三年九月二六日に本件委託契約の存在を知った後、公文書公開条例による文書の公開請求をし、これが同年一一月一一日に一部公開決定されたうえ、同月二二日にその写しを受領したことにより、その具体的内容、受託者、費用等についてこれを知った時点で、原告らにおいて、本件監査請求の対象となる本件委託契約の存在を知り得たことになるというべきである。
なお、〔証拠略〕によれば、本件委託契約の締結のための起案、決裁、契約等の事務は、それ自体、特別秘密裡にされたものではないこと、本件委託契約の締結等を知る手掛かりとして、横浜市の「決裁供覧文書整理簿」の公文書公開請求をする方法があり得ることが認められる。しかし、前記認定の原告らの要望等に対する横浜市当局側の態度は、本件委託契約にかかる調査ないしその報告を殊更、秘匿しようとしていたものとしか考えられないこと、原告比留間淳一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、「決裁供覧文書整理簿」から知りたい文書を特定し、その公開請求手続きをとることには、相当の困難が伴うことが認められる。
以上によれば、本件監査請求が法定の期間内にされなかったことについては、前記6冒頭記載の<1>及び<2>の要求を充たしているものと認めるのが相当である。
ところで、平成三年一一月二二日の時点では、本件に関する住民監査請求の期間は徒過しているところ、前記認定のとおり、原告らは、元来、高速横浜環状道路に関する各種調査に強い関心を持っていたこと、そして、本件委託契約の存在自体については、同年九月二六日にこれを知ったこと、しかも、原告らは、同年一一月二二日までに、横浜市に対して横浜環状道路に関する公文書開等を求めるなど、種々の情報を収集していたこと、また、前記認定の事実によれば、原告らは・横浜商工会議所が横浜環状道路の建設を促進するために活動している「横浜市幹線道路網建設促進協議会」に加盟していて、その会頭である上野豊が、右協議会の会長をしていることを従前から知っていたか、少なくとも知り得たと認められること、原告らは、横浜市議会議長に対し、平成三年一二月五日、横浜商工会議所が本件調査をしたのは公正ではないなど本件におけるとほぼ同様の理由で、調査のやり直しを求める陳情書を提出していることなどからすれば、本件において、原告らが本件委託契約の締結等が違法であるとして、それについて地方自治法二四二条の是正措置を求めようとするならば、前記時点で直ちに、遅くともそれから一か月以内には監査請求をすることができたというべきである。
ところが、原告らが、本件監査請求をしたのは、翌年の平成四年一月二一日であり、右の事実を知ってから既に約二か月を経過しているから、「当該行為を知ることができたと解されるときから相当期間内に監査請求した」とはいえないと解される(なお、右「相当期間」を常に約二か月と解すべき根拠はない。)。
そうすると、結局、本件監査請求が期間を徒過してされたことに「正当な理由」があるということはできない。
三 以上のとおり、本件訴えについては、監査請求前置の要件を満たしていないことになるから、その余の点を判断するまでもなく、本件訴えは不適法というべきである。
よって、原告らの本件訴えを却下することとする。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 小河原寧)